不思議な出あい物語
<デートの約束>
野の奥深く
野草の茂みの
まだその奥に
チョウの里があります。
そこには
人間を知らない
チョウたちが
たくさん住んでいます。
住人たちは
美しい澄んだ目をしています。
ある日
自然とのハーモニーを求めて
わたしは
そっと
チョウの里に
入り込んだのでした。
そして
不思議な
出あいを経験したのです。
西暦2000年7月30日
羽をひどくいためた
一匹のキアゲハが
体を休めているようでした。
そっと
近づいても
キアゲハは
逃げようとはしません。
よく見ると
クモに
にらまれているのでした。
天敵に
追われ続けて
疲れきっていたのかも知れません。
もう
逃げようとしても
魔術(まじゅつ)にかけられたようになって
飛べなかたのです。
それで
わたしは手を差し伸べて
助けました。
キアゲハは私の手にしっかりつかまり
安心したのか
それからは
私のまわりを何度もなんども
飛びまわり
うれしそうにしながら
どこかへ消えていきました。
7月31日
きのうのキアゲハは
どうしているだろうか・・・。
わたしは
ふたたびチョウの里を訪ねました。
すると
一匹のキアゲハが
わたしを待っていました。
きのうのチョウが
生まれ変わって
まるで
わたしにお礼をいうために
現れたように感じられました。
羽化(うか)したばかりの
傷ひとつない
きれいな姿でした。
でも
差し出した手を見ようともしないで
いたずらっ気いっぱいに
わたしの回りを
飛びまわりました。
しかし最後には
プロポーズを
受けてくれたのです。
友達になってくれた・・・
という感動が
胸の底からこみ上げてきました。
あしたも
あさっても
毎日あいたい
いつも
一緒にいたい・・・。
8月1日
今日も
チョウの里を訪ねました。
キアゲハは
きのうと同じ草と花のまわりを
ひらひらと飛びながら
わたしを
待っていてくれました。
チョウのほうから
一緒に遊ぼうよと言いながら
近づいてくるのです。
そして
好きな草の葉や花びらのように
わたしの手のゆびに
やさしく
つかまってくれるのでした。
それは
ひみつの
デートの約束でした。
8月2日
きょうも
チョウの里を訪れました。
いつも同じところで
待ってくれているキアゲハは
わたしの恋人
のように
思えるのでした。
また会えた
胸が痛いほど・・・かわいい・・・。
でも今日は
わたしに近づいては離れ
近づいては離れ
さんざん
からかうのです。
目の前で急上昇して帽子の上に止まる・・・。
強い日差しが
チョウと帽子の影を地上に写します。
いつになく活動的で
バサッという羽音が耳元で響きました。
嫌われたのだろうか・・・
いいえ
やっと指のうえに止まってくれました。
わたしと恋人が
野の奥ふかく
草と花に囲まれている・・・
すごい幸せを感じる一瞬でした。
でも
そのとき
いつものキアゲハのとまる草の花の近くに
クモの巣を見ました。
何かを・・・
感じて
こころが曇りました。
8月5日
夢のような
楽しい毎日が続きました。
でも
今日のキアゲハの羽は
すこし欠けていて
鱗粉(りんぷん)も
ところどころ薄くなり
赤い色の花粉がたくさん
付着していたのです。
天敵に
狙(ねら)われ
襲(おそ)われたのだろうか・・・・
何かがある。
なにかが変わりつつある・・・。
8月12日
きょう
いつものところに
キアゲハは
待ってはいませんでした。
わたしは
夢を見ているような気になって・・・
キアゲハが
まだ
そこにいるようで・・・
あまえて
わたしの指にふれてくれる・・・
でも
なぜか姿が遠くなり・・・
さようならと
あいさつをしている・・・
白日(はくじつ)の夢がさめて
キアゲハの
澄んだ目のかわりに・・・
朝露が
きらりと光り
主(ぬし)のいない草と花が
寂しそうに
震えていました。
いつか来ると
覚悟はしていた
別れです。
夏休みの宿題は
昆虫採集。
でも
しないでよかった。
わたしに
美しい夏の想い出を与えてくれた
チョウの里。
わたしに
自然とのハーモニーの芸術を見せてくれた
チョウの里。
それでいい。
それだけでいい。
理科の点数は
ゼロで・・・
いい。
この物語の最後に
もっとたくさんの
チョウの里の写真を
載(の)せておきましょう。
いつか誰かが
ふたたび
チョウの里を訪ねることを
夢見ながら。
ご意見やお問い合わせは ここ へお願いします
*********************************************************************